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向田邦子という、テレビドラマの脚本やエッセイなどを手がけた作家さんがいらっしゃいます。1970年代の国民的ドラマ「寺内貫太郎一家」の脚本家、と言った方がいいかもしれません。

中学の頃だったか、国語の教科書に向田邦子の「字のないはがき」という戦時中のお話が載っていました。

疎開先から無事を知らせるために使え、と大量のはがきを持たせる父。字の書けない小さな妹は東京の家族へ自分の近況を記号で知らせます。元気な時ははみ出んばかりの大きな丸、不調の時はバツのマークを。どんどん小さくなっていくバツの マークに家族が様子を見に疎開先に向かうと、小さな妹は病でやせ細り東京に戻ることに。普段厳しい父なのに、戻って来たその姿を見ると裸足で飛び出し、彼女を抱きしめ声を上げて泣きます。このくだりは本当に胸に迫る物があります。

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大事な妹が帰ってくる日にごちそうで迎えよう、と家族会議で企画しますが、物資も食料も手に入れるのが困難な状態。そこで家庭菜園で育てたかぼちゃを家族総出で「ひと抱えもある大物からてのひらに載るうらなりまで」すべて収穫するという行動に出ます。食糧難の戦時中にかなり贅沢となるこの行為を、妹を喜ばせたい一心でおこなった家族の愛情。かぼちゃだけでこんなに巧みに表現できるなんて!「この人の書く本はおいしいものが間違いなく登場するような気がする」そんな気がしました。

そしてその思いを裏切らず、上記「字のないはがき」が収録された『眠る杯』は食いしん坊だけでなく猫好きにもわくわくポイントが多い本です。タイ原産の猫「コラット」という、少しロシアンブルーにも似た猫に惚れ込んだ作者の愛あふれる描写がたっぷり楽しめます。

どんなねこなのか?コラットを見てみる→コラット

そして、同作者の代表作といっても過言でない短編集『父の詫び状』は、食いしん坊の気持ちをがっちりつかんで満足させてくれる、期待通りの名作です。

カステラやようかん、かんぴょうの海苔巻き等はなんでも端っこがうまい説や、おばあちゃんが昔ながらの炊き方で仕上げたあつあつのご飯(お焦げ入り)でしっかり握った塩きつめのおむすび、酔っぱらった父親が持ち帰る折り詰めのお寿司に、通院する時に母親が食べさせてくれた、うなぎ。鹿児島で食べた、揚げたてのつけあげ(さつま揚げ)はまるで潮風のにおいを感じるようなイキイキとした表現で登場します。

昭和とは・・・、そしてエッセイの王道というのはこういうものか!!!と思わせてくれるエピソードの数々に魅了されること間違いなしです。

また、『夜中の薔薇』という短編集にもごちそうがたんまり掲載されていて目移りしてしまうレベル。

掲載されている数あるレシピの中でも、今の季節にいちばんぴったりですぐにできそうなのがトマトの青じそサラダです。

ごま油とお酢と醤油のさっぱりした味付けでいただきます。わたしはポン酢をベースにごま油を加えたドレッシングで手抜きバージョンをよく作るのですが、たっぷりの青じそがさわやかで、夏にぴったりのおかずです。

トマト

作者は華美なものや派手な生活を描写することはないのですが、どこか丁寧で上質さを感じる書き口で、登場する何もかもは手が届く範囲のものなのに、とても贅沢な印象を持っています。

作者になりきった気持ちでこのトマトのサラダを食べるとなんだか自分がちょっと丁寧な生活をしているみたいな気分になって、素敵ですよ。ちょっと上品さとは離れちゃうかもしれませんが、青じそはたーっぷりがおすすめです。

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